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久米さんと鬼沢さんと自由の森学園とエネルギーと

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薪ストーブ

自然の恵みがくれる火はきれいですねー



先週の土曜はラジオを聴いていました。
鬼沢さん(現理事長)がラジオに出るというからです。
それも久米宏さんの『ラジオなんですけど』という番組、好きな番組なので張り切って聴きました。
聴きなれた鬼さんの声がラジオ(正しくはスマホ)から聞こえてくるなんて、いやーとっても不思議な気持ちでした。なぜか緊張したりして(笑)
テーマはTBSの「クリーンパワーキャンペーン」とのつながりで「再生可能エネルギー」について。震災以降、自由の森学園がすすめてきたことを久米さんが訊くという内容でした。
再生可能エネルギーへの移行は当然のこととして、久米さんが鬼沢さんから聞き出そうとしたのは、「なんで私立の学校が再生可能エネルギー?」「生徒たちはどうおもってるの?」「いったいどんな学校なの?」ってことだったような気がしました。
事前に取材に行ったスタッフからの話や資料を元に、久米さんはあれこれ鬼さんに質問していて。
その質問のひとつに鬼さんが答えた言葉のなかで、わたしが特に印象に残ったのが「やっちまったな」という言葉でした。
震災で原発が爆発し、放射能の危険がダイレクトに学園や子どもたちに迫ったとき、それは大人たちが選択し引き起こしてしまった原発事故だという認識を鬼沢さんが持った、という点に、久米さんもていねいに言葉を重ねて確認していました。
「学校をこのままやってていいのかな、食材を食べさせていいのか」といろんなことを悩んだという鬼さん。
そして「意識が低すぎた」と原子力発電そのものにも言葉を添え、「あの事故は東電が起こした事故だとしても、大人の立場として言い方は悪いけれど、「やっちまったなあ」という感覚が強くあって、あの事故の後に自分たちが今までとおなじように過ごすわけにはいかないという感覚があった」と。
それを聞いて、
「学校の先生だからですかねぇ、あの福島の事故が大人の責任だったという受け止め方をする大人はあまりいないような気がします。やっぱり子どもたちといつも会ってるからでしょうか。われわれ大人が引き起こした事故なんだっていう受け止め方はなかなかしないです、普通の大人は。」
と久米さん。
その後に鬼さんが言った、
「大人はあのときちゃんと考えて選んだの?というふうに問われている意識がある、誰かのせいにして俺らは知らないよという言い方は出来ないなとおもいました。」
という言葉はやっぱり教師の言葉だなあと。教師はいつもどんなときも子どもたちに突きつけられているのだとおもうのです。あなたはどうおもうの、どう考えてるの、どう行動するの、と。そこには今と未来だけを濃密に生きている子どもたちならではの真っ直ぐさと鋭さがあって。その真っ直ぐさと鋭さをごまかすことなく、かわすことなく、ましてや押さえつけるわけでもなく、支配するわけでもなく、突きつけられたことを考え行動する、それが自由の森の教員である鬼沢さんなのだなあとおもいました。
鬼沢さん出演のラジオの文字起こしをしたのですが、著作権の関係もあるので、ここには全文を載せません。そのうちに自由の森方面からテキストになって出されるのではないかとおもいますので、久米さんという魅力溢れるキャスターとのやりとりで、自由の森学園と鬼沢さんの面白さが引き出された30分、機会があれば読んでいただけたらと思います。
それにしても久米さんが、「生徒たちはどうですか?」と聞くたびに、鬼さんが「どうでしょうねぇ」と答える、このやり取りが良かったです。「生徒たちはこうです」なんて言えないよ、っていういう学校に巡り会えて良かったなあと思ったのでした。
山田未来穂
付記
TBSラジオ『久米宏ラジオなんですけど』の番組サイトに丁寧な記事があります。音声リンクあり。

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