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もうひとつの修学旅行

自由の森学園というところはよくわからないところだなあ。
だってね・・・

学園構内の放射線量とかアップされないのかなあとおもってると
せっせと線量測ってくれてる教員がいたり

空や海が原発事故で汚されてるときにテントで寝泊り修学旅行やると思いきや
それに行かないと言う生徒をすんなり受け入れて応援したり。

そういう「徹底してこれ!」というところのない自由さが、自森の価値だなあと。
徹底してこれをやります!っていう場所にはある種の「信奉」が生まれてしまうよね。
信奉は依存になりかねない。
依存は精神の自立を妨げる。

自由の森にはこれという価値観がない。
すべて生徒の持っている価値観を受け入れるよっていう価値観があるだけ。
これってすごいこと。

ということで、前置きが多くなりましたが、
友人で自由の森学園 高3の上前万由子さんのはなしです。
観察日記に、載せたいなあ、名前はどうする~?と聞いたら
そのまま載せておっけいですよ~となんともゆるくていいのです。
ゆるいのに芯があるのですよ、彼女は。
わたしは陰で彼女のことを「戦士」と呼んでますー。

戦士はこの7月に予定していた修学旅行に行かない決断をしました。
理由はこのあと紹介するレポート3本読んでくださいね。
とにかく、こういう生徒がちゃんと生きられる場所が自森です。
では、ご紹介。

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世界の国々が「脱原発」へ向かうなか… 
~玄海原発 再稼動をめぐる問題~ H3-5上前 万由子

□私が佐賀県に行ったわけ・・・
一番の大きな理由は、福島原発の事故をきっかけに、世界中の国々が「脱・原発」への道を歩みだしているのに、日本は、原発を再稼動させようとしている。
そのことが、どうしても理解できなくて、不思議でたまらなかったからである。
福島原発の事故が収束したわけでもなく、まだまだ先が見えないまっくらな状態なのに、どうしてそこまでして再稼動したいのかが知りたかった。
福島の家にも住めなくなり、寮をやめることになったり、自分の生活が変わってしまった3.11以降自分の心の中が、なんだか先がもやもやまっくらな気持ちに侵略されたように、ぐしゃぐしゃな気分で、自分のこと、いえのこと、お金のことなどを考えていたら修学旅行で西表島に行く気分にもなれなくなってしまった。
簡潔的に書けることではないけれど、今まで通りの生活がもう戻ってこなくなってしまった今、誰かに怒りや不満をぶつけることができないからこそ、
「こういう現状になってしまったのは、なぜか?」という根本的な日本社会の問題を自分の目や耳で学びたい・知りたいと思ったからである。
                                
□旅の日程                              
6・30 移動日
7・1 佐賀県原子力安全対策特別委員会 傍聴
7・2 玄海原発に昔から反対運動をしている仲秋さんに会う
   玄海エネルギーパーク 見学

□玄海原発
~原発のなかにある町~といってもおかしくないぐらい、玄海原発がある場所と住宅地は、
とても近い。そして、小さな町なのにもかかわらず、やたらと大きな箱物施設があった。
これは、福島原発のあった町もそうだったが、原発を持つ町の、「原発マネー」による、
財源の「豊かさ」の象徴だろう。だがしかし、人口6440人の小さな町に、これらの施設があることが、
本当の「豊か」になるのだろうか。甚だ疑問である。そして、民家と原発の距離が本当に近い。
万が一、事故が起こってしまったときのことは、きちんと考えられているのだろうか。
           
玄海原子力発電所、南東の集落側から撮影された写真
    ・唐津市に囲まれている。数年前の合併でも玄海町は、合併しなかった。
2つの白い球形の建物のうち、左が4号機、右が3号機。
     事故がおこれば、玄海町、佐賀県だけの問題ではない。
・再稼動をめぐる問題において、考えるときに玄海原発の基本的なことを知っておく必要があると思う。
以下は、玄海エネルギーパークの資料などによる基本的知識である。


•一号機    二号機    三号機    四号機 
運転開始 1975.10    1981.3    1994.3    1997.7
電気出力 55万9千KW  55万9千KW 118万KW  118万KW
運転年数 36年      30年     17年     14年

・原子炉形式:加圧水型軽水炉
•3号機は、日本初のプルサーマル発電を2009年から実施している。
ちなみに、福島原発の3号機もプルサーマル発電をおこなっている。 
今回の私の旅では、原子炉の勉強や放射能・放射性物質について、調べたり研究しに行ったわけではなく、
ただ「どうして、福島の事故が収束してもいないのに再稼動させたいのか」を知るために行ったので、
専門的な知識や、仕組みは、書いたらキリが無いし、私も難しすぎてついていけないし、
読む人もきっと同じだと思うから、多くは書きません。
ただ、放射性廃棄物の処理や万が一の場合の対策がまだまだ不十分なのに、「安全」を訴えているのは、
とても危険だし、福島の事故で分かるように、最終的に人間が手をつけられないほどとても恐ろしいものを扱っているのが、原発だとおもう。

□佐賀県 原子力安全対策等特別委員会の傍聴
わたしは、初めて物事が決まる政治の場を生で見たけれど、なんだか納得いかないところと理解できないこと
ばかりだった。その詳しい感想は、別紙に書いてあるので、そちらを読んでもらいたい。
今回の質問事項一覧(私が傍聴したもののみ)
1、 福島第一原発事故における東京電力・政府の責任について
2、 安全設計審査指針・耐震審査指針等の見直しについて
3、 玄海原発1号機の高経年化問題について
4、 古川知事の再稼動容認の見解について
5、 原発廃棄物の最終処分場問題について
6、 菅首相の来県要請について

まず、これらの質問に対する答弁を聞いていて、やはり原子力発電所自体の存在がとても安全とはいえない
もので、未完成のものだとおもった。
例えば…
・万が一事故があった場合の防災計画は、きっちりたてているのか?見直すべきではないのか?
→一定の時間が必要。 さまざまなデータや専門家のアドバイスに基づき、福島の現状を参考に
判断します。今は、どう調査するかは考えていないです。調査する人、専門家も人選中です。
・原発廃棄物の最終処分場について、どうするべきとかんがえているか?
→高知県以外応募していないので、建設までの話し合いに到っていない。…つまり、処理のことは考えていないってこと。
では、核燃料廃棄物の量はわかりますか?→玄海原発のことは、資料がないのでわからない。(のちほど、
約70tの廃棄物がでているとわかったようだ。)
★避難のことも、全然曖昧なままできっちり考えられていないし、毎年、出ている廃棄物の量が、わからないというのは、なんだか原発を進めている人たちは、矛盾だらけだとおもったし、無責任だとおもった。


・古川知事の玄海原発再稼動容認について 
→玄海と浜岡のちがい。玄海で地震は起らないもの。起きたとしても質が違う。
「危険なところは、政治がとめる。安全なところは政治が動かす」という認識で、
万が一事故が起きても国が責任をとるということで安全確認ができた。
★国が、「責任を持ちます」と言っただけで、なぜ安全といえるのだろうか?その根拠が分からなかった。
そもそも、原発は国策で進めてきていたのだから、責任をとるのは当たり前ではないだろうか。
福島の事故でさえ、責任がどうの問題までたどり着けずに、「想定外」の事故として、
責任をとっていないのに、おかしな話だと思った。

このあと、古川知事は、「再稼動容認はしていない」とはっきり言った。
これは、数日前の報道とは全く異なることだから、重大なことを聞けたとおもった。
なぜなら、容認していないなら、これから先の住民説明会などの内容と知事の意見がどんどん矛盾していくからである。

この傍聴を聞きに行けば、すこしは、知事たちがなぜ、再稼動したいのかが分かるかなと思ったけれど、
ますます分からなくなった。
知事や議員たちが、なにを真っ先に考えて物事を決めていっているのかが大きな疑問となった。

□昔から玄海原発に反対している仲秋さんに会う
仲秋さんは、「玄海原発に異議あり」という本も書いている、東光寺というお寺の住職さん。
仲秋さんが、玄海原発に訴えてきたことは、その本を読むと分かると思う。
一番すごいと思ったのは、長年続けているということ、昔からずっと異議ありと声をあげていることだ。
きっと、仲秋さんは、命あるものの命や未来を大切に考えているのだと感じた。
私は、特別委員会の傍聴をしてさらに疑問になった、知事や議員たちが、なにを真っ先に考えて物事を決めていっているのか。と聞いてみた。
こたえは、「私も聞きたい。」だけど、ひとついえるのは、人よりも企業を思っているのではと話してくれた。
たしかに、その通りだと思った。そして、その演出や行動を手伝っているのは、マスコミである。
今回の旅では、傍聴の席であった新聞記者の人もほとんど一緒に行動していたので、マスコミの話も聞けたが、
多くのマスコミ(TVや新聞)は、電力会社が大きなスポンサーとしてついているから批判的なことは、
言わないといっていた。
これでは、国策として原発をすすめる国・電力会社・マスコミがべったりな関係の状態ではないだろうか。
この状態は、一部の人たちだけの目先の利益しか考えられていない変な世の中だと思った。

「安全を得るのには、金がかかる。利益は、危険に安全を売っているのだ」と仲秋さんは、言っていた。
原発があることで儲かる人がいる、潤う町がある、だけれどそれらは、わたしたちの安全を危険に売っているのである。それは、ちっとも、潤いでも豊かでもないというのは、今回の福島の事故で分かっているはずだ。
原発を動かせたい大人たちには、もう一度原点に戻って「なにを大切に考えるべきなのか」を考え直してほしい。


□これからのこと
ただ、玄海原発の地に行って来て、「再稼動に反対」「原発反対」と思って帰ってきただけでは、
意味がないと思う。
帰ってきてからもこの問題は進展するし(実際に、見送りになったし。)、注目していかなければならない
問題だと思う。
いま、福島で起っていることは、もうおこってしまったから私たちにはどうしようもできないと思う。
だけど、同じことはおこってはいけないし、なによりも未来を守るためには、
絶対に玄海原発を動かしてはいけないとおもう。ここを動かしたら、つぎつぎと他のところも動き出すはずだ。
廃棄物の処理もできない・避難についても未確定な、危険な発電は、もう必要ではないと思う。
この問題は、一部の人たちだけの問題ではなく、日本全体の問題だと思った。
原発を推進している政治家たちは、有権者の代表ということで選ばれたというのは、事実なのだ。
そんなひとたちを選んだ有権者も問題の原因のひとつだと思う。
私は、そんな人になりたくないし、そんな人たちを選ぶ有権者になりたくないと思った。

新エネルギーを考えたりすることも大切だけれど、それは今の私がすることではないと思う。
私は、電力の専門家でも研究者でもなんでもないし、ただの高校生だから。
だけど、これ以上一部の大人の都合のいい世の中になられては、困るので、この現状や、
私が見て、聞いて感じてきたことをきちんと伝えることをしたいとおもう。
今の私に出来ること、それはきっと大きくはないだろうけれど、こうやって、レポートにして誰かに伝えるだけでも、すこしは違うと思うから探していこうと思う。

□最後に…
今回の旅は、本当に色んな人に出会えてよかった。
原発については、ひとりひとり思いや知識が違うから、とても難しいことだと思う。
目に見えないことだし、高校生の私たちにとっては、自分の知らない場所で知らない間に決まっていっている
ことが多いことだと思うし、とにかく大きなことで難しい。
だけれど、難しいからといって避けてはいけない問題だと思った。
旅の感想や思ったことは、別紙に詳しくかいてあるので、そちらを読んでください。

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佐賀県原子力対策特別委員会の傍聴の感想

はじめて、政治が行われている場所をみたけれど、驚きの連続だった。
私は、原発についての専門的な知識はないし、政治の事だってあまり詳しくはないけれど、あの話し合いの場は、なんだか歯がゆくて違和感だらけだった。
元々、私が「玄海原発をめぐる問題」を学びに佐賀県に行った大きな理由は、
「なぜ、まだ福島の事故が収束してもいないのに、再稼動させようとしているのか。」が不思議でたまらなかったからである。私の家は、福島県郡山市にあったけれど、もう住まない事にした。原発からは、50Kmぐらい離れている。自らの健康と私と弟の健康と未来を守るために家族で引っ越すことを決めた。今回の、福島の事故で、原発で起きる事故は、原発がある場所や町だけではなく、日本全体(世界的とも言えるかな。)の問題になると分かったはずなのに、
それでもまだ、再稼動させたいと思える知事たちの答弁は、私には全く理解ができなかった。
印象的だったのは、国が「万が一の事があれば責任をとる」と言われ、「危険な所は政治が止める、安全なところは政治が動かす」と感じ、安全確認がとれたと言う話。
これが、県の代表である知事たちの考えとは、あまりにも根拠がなさすぎだし、
無責任すぎると思った。そもそも、今まで、原発は国策で進められてきていたのだから、
国が責任を取るのは安全確認でもなんでもなく当たり前のことだと思うし、
実際に、福島原発の事故の責任だって取り終わっていないのに、よくそんな事が言えるなぁとあきれてしまった。
議員や知事が、市民や県民が選んだ代表者なら、市民や県民の私たちの事を考えて
政治をしていくはずなのに、なんだか、自分たちの利益や企業の事しか考えていない様で傍聴していて、がっかりしてしまった。
答弁していた知事たちは、質問している人に対して納得させようとしているようには、
全然思えなかった。互いが納得したりわかりあったりしないで進める話は、結局
多数決で決まる。そんなの、話し合いでもなんでもないと思ったし、
自分達の考えと反対の人に一方的に自分達の意見を押し付けているようで、
どうしてこんなに思いやりが足りていないんだろうと、あんな大人達になりたくないし、
あんな大人達を選ぶ人になりたくないと思った。
私は、福島原発の事故の事も、玄海原発の再稼動問題の事も、国や県、知事や議員たち、電力会社だけが悪いとは思わない。県民や市民たちのことを考えないで、自分達の利益や企業の事しか考えない大人達を選んだ有権者にも責任があると思った。
もっと、自分達が選んだ人たちがどういう人なのか?何を考え、何を行おうとしているのか?に関心を持たないと、ごく一部の人達だけの都合のいい世の中になっていってしまうと思った。特に、傍聴席をみていて思ったけれど、若い世代の人がもっと関心を持つべきである。そうしなければ、いつまでたっても、今と同じだとおもう。
今回の、傍聴を終えて、やっぱり再稼動には反対である。
それは、原発廃棄物の処理や、安全性が十分でないことが一番だし、
なによりも、命あるものを必ず守るということよりも、企業や利益を考えている事が
丸見えだからである。
私が住んでいた福島県でも同じような事が繰り広げられていたと思うと、余計にがっかりし、
再稼動はどうしても許せないとおもった。
これは、佐賀県だけの問題ではないと思う。もっと、日本中の人が、考えなければならないことだとおもった。

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玄海町を訪問して 

玄海町を訪問してまず、一番に感じた事は、小さな町なのに、やたらと
公共の施設が大きくてきれいだ。誰が、使うのだろうか?
この町はそんなに、市民会館を利用するのだろうか?と思ってしまった。
そして、なによりも、民家と原発がとても近い事に、驚いた。
もし、事故が起こったらどうなるのか想像するだけで、怖かった。
今回の旅で、玄海エネルギーパークの方の説明を聞いたり、
玄海原発に、昔から反対している仲秋さんに、お会いし話を聞けた事は、
とても意義があることだと思う。なぜならば、原発に賛成している人、
反対している人、どちらの話も聞けたからである。
私は、今まで、原発に反対の声ばかり聞いて来た。それが、悪いとは、思わないけれど、
自分の意見として、「原発に反対」という姿勢をとるならば、きちんと自分の立場と
逆の人の意見も聞くべきだと思うからだ。
玄海エネルギーパークには、小さな子供からお年寄り、留学生の団体まで沢山の人が
訪れていた。私は、今回の福島原発の事故で、みんなが関心を持ち、質問したりするのかなと思っていたが、全然そんな事はなく、「へぇ~そうなんだ。」と受身な姿勢ばかりで、なんだか同じ人として情けなくなってしまった。こんなんだから、福島の事故は
起きたし、玄海原発も再稼動しそうなのではないかと自分の中で納得してしまった。
「自分の考え」というものがあまりにもなさ過ぎるとおもった。それは、来館者の人だけの話ではなく、職員の人たちも同じだと思う。「政府が言うので、」「東電のデータでは、、」と言う言葉が口癖のように思えた。要するに、「東電は東電。九電は、大丈夫です。」と言いたいのだろうけれど、彼らは、本当にそう思っているのだろうか。
上の人に言わされているから仕方がないと言えるけれど、自分の口から発する言葉には、
自身の確信と思いを持って発するべきだと思うから、「~~が言ったので」では、
済まされないと思う。その人の口からでた言葉は、例え誰かに言わされていたとしても、
責任があると私は思った。
玄海エネルギーパークの中は、九州の伝統文化が展示してあったりと、日本人の心を
揺さぶるものや、こども向けのゲームなどが沢山あった。その中で、「玄海原発は、
地震がきても大丈夫」というアピールをしているアトラクションのようなものには、
目を疑ってしまった。本当に、そう思っているのだろうか。きっと、この原発が、
地震や津波で事故を起こしたら、また「想定外」という言葉を使い、責任逃れをするのだろうなと思い、恐ろしかった。小さいこどもにまで、安全かどうか分からないものを
安全と教え込むなんて、恥ずかしくないのかなと思った。
仲秋さんが言っていた「安全を得るのには、沢山金がかかる。」という言葉が、
とても印象に残っている。
本来、とても危険なもので、電力会社が沢山お金儲けをしている。
ということは、私たちの安全を「危険」に売っているのだということに、
ハッと気がついた。変な世界になっていると改めて気づかされた。
どうしても、玄海原発を再稼動させたいのならば、一から安全性を見直し、
避難のことなどありとあらゆるすべての事を反対している人、賛成している人が一緒に、完璧にした上で、再稼動したいと言ってほしい。
そうしたからといって、再稼動してもいいという訳ではない。
今のままでは、一部の人の目先の利益だけで、多くの人や命あるものの安全が、
奪われてしまうと思った。
今回の旅で、私は、「自分の考え」を大切にしようと思った。
それは、原発の事だけでなく、これから生きていくうえででもだ。
「自分の考え」を大切にする事と、人の意見を押しつぶして自分の考えを理解させることは、全く違うことだと思う。
原発の事に関するならば、私は、県の委員会で知事たちの話や、エネルギーパークの人たちの話を聞いた。彼らが、何を言っているかは理解できる。
だけど、納得することは決してできないし、どうしても受け入れる事はできない。
仲秋さんも言うように、「当たり前のことができていない」のだ。
そんな中で、絶対に「玄海原発を再稼動させてはいけない。」と強く思った。
私が、埼玉に帰ってきてからも、玄海原発をめぐる問題は、どんどん動いていくと思う。
「再稼動しない」という方向に事が進むように、私にできることを探したい。

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まとめるのはやめましょう。
こういうひとと出逢えるのが人生のよろこび。
自由の森に出逢えたことはわたしの財産のひとつです。


やまだみきほ

自由の森通信「食生活部だより」



明日から学校がはじまりますね。
世の中は原発事故なんて終わったこと、というひとたちと
原発事故の影響で内部被曝をどう防ぐか、で奔走しているひとたちが
いっしょに夏休みを終えようとしています。

むすめはほんと嬉しそうに、
「やっと夏休みが終わるぅ〜〜」
と言っております。

いいねえ。
夏休みっていうのはいくらあっても足りないものだと思ってたけど、
ことうちのむすめに限っては、
自由の森学園に行くようになってからは、もうつまらないのが夏休み。

その夏休みがはじまるころに自森から届いた「自由の森通信」。
ヒロッチャンの文章、さいとーさんの笑顔の写真、魅力満載でしたが
やっぱりうれしかったのは食生活部の泥谷(ひじや)さんからの「食生活部だより」です。

いつもながら自森のおかあさんのことばはやさしくて。
慈愛に満ちていて。
それなのに放射能問題。
さぞかし心を痛めておられるだろうなと。
でも震災の後、食堂に寄ったとき、
「ひじやさーん、たいへんなことになっちゃったー」と泥谷さんに泣きついたわたしに、
泥谷さんはこう言って笑ってくれたのでしたっけ。

「だあいじょうぶよう、ここからはじめればいいんだから〜!」

泥谷さんはすごいなあ。
食生活部だよりでは「食品の汚染とそれによる内部被ばくは極力避けねばならないこと」とし、
食生活部でも高性能の放射線測定器の購入を学園に要請しているとのこと。
いいぞ!泥谷さん!
こうちょうせんせい、りじちょうさん、おねがいしますね。
と、たまには名指しでお願いしてみましょう(笑)

たぶん、この測定器は200万くらいするのではないかと。。
そのための寄付をすることも考えたほうがいいのかなあと。
ほんとはこういうものに政府は文科省はお金を出してほしいわよね。
ちなみに、「これこれこーいうものを買うために使ってくださいね寄付」
というのが出来ます。事務局で聞いてみてください。

話があっちゃこっちゃ飛びましたが、
応援しています。
食堂の、食生活部のみなさん。
9月からの子どもたちの食を、どうぞよろしくおねがいします。

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