SSブログ

神戸で

kobe.jpg

春からこの日本という国の様子を見ていて
やはり教育しかないと
近道などない
人間をつくる
人間の学びをつくる
人間の自立した学びをつくる
そこからしか
この国のあやしげな流れを変えることはできないと
そんなことを強くおもっています

神戸で
自由の森学園の学校説明会があるそうです

未来へのパスポートとは
点数ではないこと
未来へのパスポートとは
自由な学びのなかにこそあるのだという確信が
たくさんのひとの中に再生することを祈って


http://www.jiyunomori.ac.jp/guide/event/kobe_briefing_2011_foam.html

共通テーマ:日記・雑感

Jiモールとお話会「気になること気にしたいこと」


IMG_3437.jpg

Jiモールに行ってきました〜
とっても良いお天気で、
なつかしい方々との再会がうれしい一日になりました。
だれかが大人の文化祭みたい〜って言ってたなあ。
ほんと、そんな感じです。

Jiモールはバザーですけれど
そんじょそこらのバザーではありませんねー。
ほんきの本気、マジで本気のバザーです。
売ってるものは本物ばかり。

そして自由の森に集まっているひとたちの
真剣さ。
まっすぐさ。
正直さ。
そんななかに「ほっぺこちゃん」もありました。

「ほっぺこちゃん」はおもちゃ屋さんです。
福島県郡山市で、安全で安心なおもちゃを売っていました。
そして原発事故。
安全で安心なおもちゃを売るお店のある町が
危険で不安な町になってしまった‥・

そんなおもちゃ屋さんの店長さんでもあり、
自由の森の保護者さんでもある、うえまえまこさんに
その辺りのことも含めてお話を聞かせてもらうことにしました。

食べ物のこと、空気のこと、土のこと。
何より子どもたちの命のことについて、
震災からここまでを、どんな風に過ごしてきたのか。

当事者ではないひとなどいないこの「原発事故」が起きて半年以上経った今、
自由の森で不安や心配事など、気兼ねなく話せる時間を作ります。
自由の森の子どもたちの、安全と安心についておしゃべりしてみませんか。



お話会 「気になること気にしたいこと
       ーなぜ郡山から避難したのか」

とき      10月22日(土)
ところ     自由の森学園 和室(予定)
じかん     午後1時半より3時まで

スクールバス 西武池袋線 飯能駅南口  12時35分
             東飯能駅西口 12時27分

当日は農薬や添加物にずっと気を配ってきたご飯やさん「キッチン風」さんが
安心安全なお菓子を届けてくださる予定です。お楽しみに。

※お話会終了後、1月28日の肥田舜太郎さんの講演会実行委員会をします。


山田未来穂

肥田舜太郎さんの講演会を自由の森で

肥田舜太郎という医師がいます。
有名な方なので、ご存知の方が多いと思います。
広島で被曝、その後も医師としてヒバクシャの方々の健康に尽力されている方です。
「ヒバクシャ ー世界の終わりに」というドキュメンタリー映画でも有名です。

私は4月と8月に行った広島で、肥田さんのお話を聴いたのですが、
90歳を超えていらっしゃるとは思えない言葉の重みと力強さに打たれました。
そして、今自分が何をするべきなのかということを問われました。

その後、和光高校の保護者の方と、ひょんなことからお知り合いになり、
講演を企画した和光の方から教えて頂いた肥田舜太郎先生の連絡先。
緊張しつつお手紙を差し上げたら、折り返し先生ご本人からお電話をいただきました。
そこからとんとん拍子に講演の日取りが決まりました。

2012年1月28日(土)、場所は自由の森学園です。
肥田先生、本当にありがとうございます。
真剣に準備をしていこうとおもっています。

原発はあぶない、子どもたちの命が心配、そういう気持ちがいっしょなのに
ちいさな違いで距離を取ったり、疎遠になっている場合ではないこと。
肥田舜太郎さんをお呼びして、お話を聞くということをきっかけに
ゆるくでいいから、つながっていけたらいいなと思います。

ということで、肥田先生を迎えるための準備会をこんな風にしようと考え、
今朝メールを作成しましたので、ここに載せたいと思います。

-------------------

食べ物のこと、水のこと、空気のこと、そして土のこと。
少しずついろんなことに慣れたりあきらめたりしてしまいそうな毎日なので
こんなことをしながらでも、情報交換をしていけたらなあとおもいます。

そしてそのことが、自由の森の食堂の応援になっていったらいいなと思います。
子どもたちの健康と命がいちばん心配です。

そこで、こんな集まりをすることにしました。

----------------------------------------------
10 月22日(土曜日)自由の森学園 

午後1時半
「今気になること、気にしたいこと
   ーなぜ郡山から避難したのか」
      上前昌子さんのお話会

午後3時ごろから
「1.28 肥田舜太郎さんの話を自由の森で聴こう実行委員会」

☆実行員会には、体にやさしく安全で、放射能汚染にも気を配った東池袋のごはん屋さん、
「キッチン風」の佐々木さんが、安心おやつを持って来てくれる予定です。

上前さんのお話会は...
同じような問題意識や危機感を持っている方への呼びかけとして企画しました。
お近くに興味のありそうな方がいらっしゃいましたら、ぜひお誘いください。
そのあとに、「1.28 肥田舜太郎さんの話を自由の森で聴こう実行員委員会」をします。

場所は当日事務室前に張り紙をします。
急なのですが、お時間取れそうでしたらぜひおねがいいたします。

※肥田先生の後援会成功のために、
1月28日の講演会のことをツイッター、ブログ、口コミ、井戸端などでご紹介ください。
宜しくお願いします。


-----------------------------------------------------------------------------------
「1.28 肥田舜太郎さんの話を自由の森で聴こう実行委員会」
「ひ」だしゅんたろうさんのはなしを「じ」ゆうのもりで「き」こうじっこういいんかい

略称「ひじきの会」連絡係 やまだみきほ
ご連絡は、このブログにコメントください。

自由の森と落合恵子さん

連休の真ん中、届いたばかりの『週刊金曜日』をぺらぺらとめくっていたら。。
9.19明治公園の「さようなら原発」集会のことを落合恵子さんが書いていて。
そこに自由の森学園の名前を発見したので、ちょっとご紹介します。


-----------------------
犬の遠吠え
花に風

翌朝、自由の森学園の先生からメールをいただいた。
教師五人と保護者数名、そして生徒四人で参加されたそうだ。その中の女子高生が教師に質問した。
「ねえ、今日のデモって、将来教科書に載るかな?」
教師は次のように応えたという。
「教科書に載るかどうかはわからないけれど、日本の民主主義の年表には、太字で書かれるべきことだよね。」と。
メールを読みながら、鬼の目に涙・状態になった。

--------------------

保護者のひとり
やまだみきほ

食材についてお話を伺ってきました


なんか災害伝言板みたいになっていてすみません。。
それも字ばっかりの記事で。。。
自分の子どもはもちろん、自由の森の子どもたちがどう過ごしているか。
放射能時代とも言えるこの現状で、不安なことが山ほどあります。


そこで先日9月13日に、自森の食堂の放射能対策についてのお話を伺ってきました。
お話を伺ったのは、食生活部の泥谷さん、高校校長の鬼沢さん。
それぞれお忙しいなか、時間を取ってくださり感謝しています。



食堂では使用する食材の放射線を測定する機器の検討を6月に済ませ、7月に購入予約をしたそうです。3ヶ月待ちということだったので、来月にも入るのではというお話でした。検出限界値や、測定する品目等については、現在検討中とのことでした。

計測器の費用についても心配だったので、保護者からその測定器の購入に使ってほしいという寄付をすることは可能かどうか聞きましたところ、喜んでということでした。事務室に「食堂の放射能測定器の購入に使ってほしい」と言っていただければ、いくらからでも寄付が可能のようです。

また、学園祭について食べ物を扱う企画が心配だということもお伝えしました。
学校見学などの企画で、自由の森の敷地内にある落ち葉等で、焚き火や焼き芋などの計画がないかどうかもお聞きしました。

鬼沢校長さんは、ていねいに話を聞いてくださり、対策を考えるとのお返事をいただきました。

今度行ったときには写真を撮って来よう^^;;



自由の森通信「食生活部だより」



明日から学校がはじまりますね。
世の中は原発事故なんて終わったこと、というひとたちと
原発事故の影響で内部被曝をどう防ぐか、で奔走しているひとたちが
いっしょに夏休みを終えようとしています。

むすめはほんと嬉しそうに、
「やっと夏休みが終わるぅ〜〜」
と言っております。

いいねえ。
夏休みっていうのはいくらあっても足りないものだと思ってたけど、
ことうちのむすめに限っては、
自由の森学園に行くようになってからは、もうつまらないのが夏休み。

その夏休みがはじまるころに自森から届いた「自由の森通信」。
ヒロッチャンの文章、さいとーさんの笑顔の写真、魅力満載でしたが
やっぱりうれしかったのは食生活部の泥谷(ひじや)さんからの「食生活部だより」です。

いつもながら自森のおかあさんのことばはやさしくて。
慈愛に満ちていて。
それなのに放射能問題。
さぞかし心を痛めておられるだろうなと。
でも震災の後、食堂に寄ったとき、
「ひじやさーん、たいへんなことになっちゃったー」と泥谷さんに泣きついたわたしに、
泥谷さんはこう言って笑ってくれたのでしたっけ。

「だあいじょうぶよう、ここからはじめればいいんだから〜!」

泥谷さんはすごいなあ。
食生活部だよりでは「食品の汚染とそれによる内部被ばくは極力避けねばならないこと」とし、
食生活部でも高性能の放射線測定器の購入を学園に要請しているとのこと。
いいぞ!泥谷さん!
こうちょうせんせい、りじちょうさん、おねがいしますね。
と、たまには名指しでお願いしてみましょう(笑)

たぶん、この測定器は200万くらいするのではないかと。。
そのための寄付をすることも考えたほうがいいのかなあと。
ほんとはこういうものに政府は文科省はお金を出してほしいわよね。
ちなみに、「これこれこーいうものを買うために使ってくださいね寄付」
というのが出来ます。事務局で聞いてみてください。

話があっちゃこっちゃ飛びましたが、
応援しています。
食堂の、食生活部のみなさん。
9月からの子どもたちの食を、どうぞよろしくおねがいします。

もうひとつの修学旅行

自由の森学園というところはよくわからないところだなあ。
だってね・・・

学園構内の放射線量とかアップされないのかなあとおもってると
せっせと線量測ってくれてる教員がいたり

空や海が原発事故で汚されてるときにテントで寝泊り修学旅行やると思いきや
それに行かないと言う生徒をすんなり受け入れて応援したり。

そういう「徹底してこれ!」というところのない自由さが、自森の価値だなあと。
徹底してこれをやります!っていう場所にはある種の「信奉」が生まれてしまうよね。
信奉は依存になりかねない。
依存は精神の自立を妨げる。

自由の森にはこれという価値観がない。
すべて生徒の持っている価値観を受け入れるよっていう価値観があるだけ。
これってすごいこと。

ということで、前置きが多くなりましたが、
友人で自由の森学園 高3の上前万由子さんのはなしです。
観察日記に、載せたいなあ、名前はどうする~?と聞いたら
そのまま載せておっけいですよ~となんともゆるくていいのです。
ゆるいのに芯があるのですよ、彼女は。
わたしは陰で彼女のことを「戦士」と呼んでますー。

戦士はこの7月に予定していた修学旅行に行かない決断をしました。
理由はこのあと紹介するレポート3本読んでくださいね。
とにかく、こういう生徒がちゃんと生きられる場所が自森です。
では、ご紹介。

-----------------------------------------------------------------------

世界の国々が「脱原発」へ向かうなか… 
~玄海原発 再稼動をめぐる問題~ H3-5上前 万由子

□私が佐賀県に行ったわけ・・・
一番の大きな理由は、福島原発の事故をきっかけに、世界中の国々が「脱・原発」への道を歩みだしているのに、日本は、原発を再稼動させようとしている。
そのことが、どうしても理解できなくて、不思議でたまらなかったからである。
福島原発の事故が収束したわけでもなく、まだまだ先が見えないまっくらな状態なのに、どうしてそこまでして再稼動したいのかが知りたかった。
福島の家にも住めなくなり、寮をやめることになったり、自分の生活が変わってしまった3.11以降自分の心の中が、なんだか先がもやもやまっくらな気持ちに侵略されたように、ぐしゃぐしゃな気分で、自分のこと、いえのこと、お金のことなどを考えていたら修学旅行で西表島に行く気分にもなれなくなってしまった。
簡潔的に書けることではないけれど、今まで通りの生活がもう戻ってこなくなってしまった今、誰かに怒りや不満をぶつけることができないからこそ、
「こういう現状になってしまったのは、なぜか?」という根本的な日本社会の問題を自分の目や耳で学びたい・知りたいと思ったからである。
                                
□旅の日程                              
6・30 移動日
7・1 佐賀県原子力安全対策特別委員会 傍聴
7・2 玄海原発に昔から反対運動をしている仲秋さんに会う
   玄海エネルギーパーク 見学

□玄海原発
~原発のなかにある町~といってもおかしくないぐらい、玄海原発がある場所と住宅地は、
とても近い。そして、小さな町なのにもかかわらず、やたらと大きな箱物施設があった。
これは、福島原発のあった町もそうだったが、原発を持つ町の、「原発マネー」による、
財源の「豊かさ」の象徴だろう。だがしかし、人口6440人の小さな町に、これらの施設があることが、
本当の「豊か」になるのだろうか。甚だ疑問である。そして、民家と原発の距離が本当に近い。
万が一、事故が起こってしまったときのことは、きちんと考えられているのだろうか。
           
玄海原子力発電所、南東の集落側から撮影された写真
    ・唐津市に囲まれている。数年前の合併でも玄海町は、合併しなかった。
2つの白い球形の建物のうち、左が4号機、右が3号機。
     事故がおこれば、玄海町、佐賀県だけの問題ではない。
・再稼動をめぐる問題において、考えるときに玄海原発の基本的なことを知っておく必要があると思う。
以下は、玄海エネルギーパークの資料などによる基本的知識である。


•一号機    二号機    三号機    四号機 
運転開始 1975.10    1981.3    1994.3    1997.7
電気出力 55万9千KW  55万9千KW 118万KW  118万KW
運転年数 36年      30年     17年     14年

・原子炉形式:加圧水型軽水炉
•3号機は、日本初のプルサーマル発電を2009年から実施している。
ちなみに、福島原発の3号機もプルサーマル発電をおこなっている。 
今回の私の旅では、原子炉の勉強や放射能・放射性物質について、調べたり研究しに行ったわけではなく、
ただ「どうして、福島の事故が収束してもいないのに再稼動させたいのか」を知るために行ったので、
専門的な知識や、仕組みは、書いたらキリが無いし、私も難しすぎてついていけないし、
読む人もきっと同じだと思うから、多くは書きません。
ただ、放射性廃棄物の処理や万が一の場合の対策がまだまだ不十分なのに、「安全」を訴えているのは、
とても危険だし、福島の事故で分かるように、最終的に人間が手をつけられないほどとても恐ろしいものを扱っているのが、原発だとおもう。

□佐賀県 原子力安全対策等特別委員会の傍聴
わたしは、初めて物事が決まる政治の場を生で見たけれど、なんだか納得いかないところと理解できないこと
ばかりだった。その詳しい感想は、別紙に書いてあるので、そちらを読んでもらいたい。
今回の質問事項一覧(私が傍聴したもののみ)
1、 福島第一原発事故における東京電力・政府の責任について
2、 安全設計審査指針・耐震審査指針等の見直しについて
3、 玄海原発1号機の高経年化問題について
4、 古川知事の再稼動容認の見解について
5、 原発廃棄物の最終処分場問題について
6、 菅首相の来県要請について

まず、これらの質問に対する答弁を聞いていて、やはり原子力発電所自体の存在がとても安全とはいえない
もので、未完成のものだとおもった。
例えば…
・万が一事故があった場合の防災計画は、きっちりたてているのか?見直すべきではないのか?
→一定の時間が必要。 さまざまなデータや専門家のアドバイスに基づき、福島の現状を参考に
判断します。今は、どう調査するかは考えていないです。調査する人、専門家も人選中です。
・原発廃棄物の最終処分場について、どうするべきとかんがえているか?
→高知県以外応募していないので、建設までの話し合いに到っていない。…つまり、処理のことは考えていないってこと。
では、核燃料廃棄物の量はわかりますか?→玄海原発のことは、資料がないのでわからない。(のちほど、
約70tの廃棄物がでているとわかったようだ。)
★避難のことも、全然曖昧なままできっちり考えられていないし、毎年、出ている廃棄物の量が、わからないというのは、なんだか原発を進めている人たちは、矛盾だらけだとおもったし、無責任だとおもった。


・古川知事の玄海原発再稼動容認について 
→玄海と浜岡のちがい。玄海で地震は起らないもの。起きたとしても質が違う。
「危険なところは、政治がとめる。安全なところは政治が動かす」という認識で、
万が一事故が起きても国が責任をとるということで安全確認ができた。
★国が、「責任を持ちます」と言っただけで、なぜ安全といえるのだろうか?その根拠が分からなかった。
そもそも、原発は国策で進めてきていたのだから、責任をとるのは当たり前ではないだろうか。
福島の事故でさえ、責任がどうの問題までたどり着けずに、「想定外」の事故として、
責任をとっていないのに、おかしな話だと思った。

このあと、古川知事は、「再稼動容認はしていない」とはっきり言った。
これは、数日前の報道とは全く異なることだから、重大なことを聞けたとおもった。
なぜなら、容認していないなら、これから先の住民説明会などの内容と知事の意見がどんどん矛盾していくからである。

この傍聴を聞きに行けば、すこしは、知事たちがなぜ、再稼動したいのかが分かるかなと思ったけれど、
ますます分からなくなった。
知事や議員たちが、なにを真っ先に考えて物事を決めていっているのかが大きな疑問となった。

□昔から玄海原発に反対している仲秋さんに会う
仲秋さんは、「玄海原発に異議あり」という本も書いている、東光寺というお寺の住職さん。
仲秋さんが、玄海原発に訴えてきたことは、その本を読むと分かると思う。
一番すごいと思ったのは、長年続けているということ、昔からずっと異議ありと声をあげていることだ。
きっと、仲秋さんは、命あるものの命や未来を大切に考えているのだと感じた。
私は、特別委員会の傍聴をしてさらに疑問になった、知事や議員たちが、なにを真っ先に考えて物事を決めていっているのか。と聞いてみた。
こたえは、「私も聞きたい。」だけど、ひとついえるのは、人よりも企業を思っているのではと話してくれた。
たしかに、その通りだと思った。そして、その演出や行動を手伝っているのは、マスコミである。
今回の旅では、傍聴の席であった新聞記者の人もほとんど一緒に行動していたので、マスコミの話も聞けたが、
多くのマスコミ(TVや新聞)は、電力会社が大きなスポンサーとしてついているから批判的なことは、
言わないといっていた。
これでは、国策として原発をすすめる国・電力会社・マスコミがべったりな関係の状態ではないだろうか。
この状態は、一部の人たちだけの目先の利益しか考えられていない変な世の中だと思った。

「安全を得るのには、金がかかる。利益は、危険に安全を売っているのだ」と仲秋さんは、言っていた。
原発があることで儲かる人がいる、潤う町がある、だけれどそれらは、わたしたちの安全を危険に売っているのである。それは、ちっとも、潤いでも豊かでもないというのは、今回の福島の事故で分かっているはずだ。
原発を動かせたい大人たちには、もう一度原点に戻って「なにを大切に考えるべきなのか」を考え直してほしい。


□これからのこと
ただ、玄海原発の地に行って来て、「再稼動に反対」「原発反対」と思って帰ってきただけでは、
意味がないと思う。
帰ってきてからもこの問題は進展するし(実際に、見送りになったし。)、注目していかなければならない
問題だと思う。
いま、福島で起っていることは、もうおこってしまったから私たちにはどうしようもできないと思う。
だけど、同じことはおこってはいけないし、なによりも未来を守るためには、
絶対に玄海原発を動かしてはいけないとおもう。ここを動かしたら、つぎつぎと他のところも動き出すはずだ。
廃棄物の処理もできない・避難についても未確定な、危険な発電は、もう必要ではないと思う。
この問題は、一部の人たちだけの問題ではなく、日本全体の問題だと思った。
原発を推進している政治家たちは、有権者の代表ということで選ばれたというのは、事実なのだ。
そんなひとたちを選んだ有権者も問題の原因のひとつだと思う。
私は、そんな人になりたくないし、そんな人たちを選ぶ有権者になりたくないと思った。

新エネルギーを考えたりすることも大切だけれど、それは今の私がすることではないと思う。
私は、電力の専門家でも研究者でもなんでもないし、ただの高校生だから。
だけど、これ以上一部の大人の都合のいい世の中になられては、困るので、この現状や、
私が見て、聞いて感じてきたことをきちんと伝えることをしたいとおもう。
今の私に出来ること、それはきっと大きくはないだろうけれど、こうやって、レポートにして誰かに伝えるだけでも、すこしは違うと思うから探していこうと思う。

□最後に…
今回の旅は、本当に色んな人に出会えてよかった。
原発については、ひとりひとり思いや知識が違うから、とても難しいことだと思う。
目に見えないことだし、高校生の私たちにとっては、自分の知らない場所で知らない間に決まっていっている
ことが多いことだと思うし、とにかく大きなことで難しい。
だけれど、難しいからといって避けてはいけない問題だと思った。
旅の感想や思ったことは、別紙に詳しくかいてあるので、そちらを読んでください。

-----------------------------------------

佐賀県原子力対策特別委員会の傍聴の感想

はじめて、政治が行われている場所をみたけれど、驚きの連続だった。
私は、原発についての専門的な知識はないし、政治の事だってあまり詳しくはないけれど、あの話し合いの場は、なんだか歯がゆくて違和感だらけだった。
元々、私が「玄海原発をめぐる問題」を学びに佐賀県に行った大きな理由は、
「なぜ、まだ福島の事故が収束してもいないのに、再稼動させようとしているのか。」が不思議でたまらなかったからである。私の家は、福島県郡山市にあったけれど、もう住まない事にした。原発からは、50Kmぐらい離れている。自らの健康と私と弟の健康と未来を守るために家族で引っ越すことを決めた。今回の、福島の事故で、原発で起きる事故は、原発がある場所や町だけではなく、日本全体(世界的とも言えるかな。)の問題になると分かったはずなのに、
それでもまだ、再稼動させたいと思える知事たちの答弁は、私には全く理解ができなかった。
印象的だったのは、国が「万が一の事があれば責任をとる」と言われ、「危険な所は政治が止める、安全なところは政治が動かす」と感じ、安全確認がとれたと言う話。
これが、県の代表である知事たちの考えとは、あまりにも根拠がなさすぎだし、
無責任すぎると思った。そもそも、今まで、原発は国策で進められてきていたのだから、
国が責任を取るのは安全確認でもなんでもなく当たり前のことだと思うし、
実際に、福島原発の事故の責任だって取り終わっていないのに、よくそんな事が言えるなぁとあきれてしまった。
議員や知事が、市民や県民が選んだ代表者なら、市民や県民の私たちの事を考えて
政治をしていくはずなのに、なんだか、自分たちの利益や企業の事しか考えていない様で傍聴していて、がっかりしてしまった。
答弁していた知事たちは、質問している人に対して納得させようとしているようには、
全然思えなかった。互いが納得したりわかりあったりしないで進める話は、結局
多数決で決まる。そんなの、話し合いでもなんでもないと思ったし、
自分達の考えと反対の人に一方的に自分達の意見を押し付けているようで、
どうしてこんなに思いやりが足りていないんだろうと、あんな大人達になりたくないし、
あんな大人達を選ぶ人になりたくないと思った。
私は、福島原発の事故の事も、玄海原発の再稼動問題の事も、国や県、知事や議員たち、電力会社だけが悪いとは思わない。県民や市民たちのことを考えないで、自分達の利益や企業の事しか考えない大人達を選んだ有権者にも責任があると思った。
もっと、自分達が選んだ人たちがどういう人なのか?何を考え、何を行おうとしているのか?に関心を持たないと、ごく一部の人達だけの都合のいい世の中になっていってしまうと思った。特に、傍聴席をみていて思ったけれど、若い世代の人がもっと関心を持つべきである。そうしなければ、いつまでたっても、今と同じだとおもう。
今回の、傍聴を終えて、やっぱり再稼動には反対である。
それは、原発廃棄物の処理や、安全性が十分でないことが一番だし、
なによりも、命あるものを必ず守るということよりも、企業や利益を考えている事が
丸見えだからである。
私が住んでいた福島県でも同じような事が繰り広げられていたと思うと、余計にがっかりし、
再稼動はどうしても許せないとおもった。
これは、佐賀県だけの問題ではないと思う。もっと、日本中の人が、考えなければならないことだとおもった。

---------------------------------------------------------

玄海町を訪問して 

玄海町を訪問してまず、一番に感じた事は、小さな町なのに、やたらと
公共の施設が大きくてきれいだ。誰が、使うのだろうか?
この町はそんなに、市民会館を利用するのだろうか?と思ってしまった。
そして、なによりも、民家と原発がとても近い事に、驚いた。
もし、事故が起こったらどうなるのか想像するだけで、怖かった。
今回の旅で、玄海エネルギーパークの方の説明を聞いたり、
玄海原発に、昔から反対している仲秋さんに、お会いし話を聞けた事は、
とても意義があることだと思う。なぜならば、原発に賛成している人、
反対している人、どちらの話も聞けたからである。
私は、今まで、原発に反対の声ばかり聞いて来た。それが、悪いとは、思わないけれど、
自分の意見として、「原発に反対」という姿勢をとるならば、きちんと自分の立場と
逆の人の意見も聞くべきだと思うからだ。
玄海エネルギーパークには、小さな子供からお年寄り、留学生の団体まで沢山の人が
訪れていた。私は、今回の福島原発の事故で、みんなが関心を持ち、質問したりするのかなと思っていたが、全然そんな事はなく、「へぇ~そうなんだ。」と受身な姿勢ばかりで、なんだか同じ人として情けなくなってしまった。こんなんだから、福島の事故は
起きたし、玄海原発も再稼動しそうなのではないかと自分の中で納得してしまった。
「自分の考え」というものがあまりにもなさ過ぎるとおもった。それは、来館者の人だけの話ではなく、職員の人たちも同じだと思う。「政府が言うので、」「東電のデータでは、、」と言う言葉が口癖のように思えた。要するに、「東電は東電。九電は、大丈夫です。」と言いたいのだろうけれど、彼らは、本当にそう思っているのだろうか。
上の人に言わされているから仕方がないと言えるけれど、自分の口から発する言葉には、
自身の確信と思いを持って発するべきだと思うから、「~~が言ったので」では、
済まされないと思う。その人の口からでた言葉は、例え誰かに言わされていたとしても、
責任があると私は思った。
玄海エネルギーパークの中は、九州の伝統文化が展示してあったりと、日本人の心を
揺さぶるものや、こども向けのゲームなどが沢山あった。その中で、「玄海原発は、
地震がきても大丈夫」というアピールをしているアトラクションのようなものには、
目を疑ってしまった。本当に、そう思っているのだろうか。きっと、この原発が、
地震や津波で事故を起こしたら、また「想定外」という言葉を使い、責任逃れをするのだろうなと思い、恐ろしかった。小さいこどもにまで、安全かどうか分からないものを
安全と教え込むなんて、恥ずかしくないのかなと思った。
仲秋さんが言っていた「安全を得るのには、沢山金がかかる。」という言葉が、
とても印象に残っている。
本来、とても危険なもので、電力会社が沢山お金儲けをしている。
ということは、私たちの安全を「危険」に売っているのだということに、
ハッと気がついた。変な世界になっていると改めて気づかされた。
どうしても、玄海原発を再稼動させたいのならば、一から安全性を見直し、
避難のことなどありとあらゆるすべての事を反対している人、賛成している人が一緒に、完璧にした上で、再稼動したいと言ってほしい。
そうしたからといって、再稼動してもいいという訳ではない。
今のままでは、一部の人の目先の利益だけで、多くの人や命あるものの安全が、
奪われてしまうと思った。
今回の旅で、私は、「自分の考え」を大切にしようと思った。
それは、原発の事だけでなく、これから生きていくうえででもだ。
「自分の考え」を大切にする事と、人の意見を押しつぶして自分の考えを理解させることは、全く違うことだと思う。
原発の事に関するならば、私は、県の委員会で知事たちの話や、エネルギーパークの人たちの話を聞いた。彼らが、何を言っているかは理解できる。
だけど、納得することは決してできないし、どうしても受け入れる事はできない。
仲秋さんも言うように、「当たり前のことができていない」のだ。
そんな中で、絶対に「玄海原発を再稼動させてはいけない。」と強く思った。
私が、埼玉に帰ってきてからも、玄海原発をめぐる問題は、どんどん動いていくと思う。
「再稼動しない」という方向に事が進むように、私にできることを探したい。

-------------------------------------------------------


まとめるのはやめましょう。
こういうひとと出逢えるのが人生のよろこび。
自由の森に出逢えたことはわたしの財産のひとつです。


やまだみきほ

情報


もうお気づきのかたも多いかとおもいます。

以前に書いた『自由の森の放射線量』という記事のコメント欄に
どなたかはわからないのですが、毎日放射線量をアップしてくださっている方がいます。
教員のかたなのではないかなあと思いつつ、
こころで手を合わせています。

線量計は文科省のお墨付きの「はかるくんⅡ」なので、
正確な線量とは言えないものの、
自由の森のなかで、線量の高い場所はどこなのかがわかります。
まだご存じのない方、ご覧になってください。

いま、測定をしてくださっている方(どなかたはわからない)に、
アップされているデータに、直接リンクを貼れないか伺っています。
それから、7月以降も測っていただけないか。

そして、さらに一歩進んで、除染作戦ができないかなとおもっています。
毎日子どもたちが通う場所です。
自由の森に放射線量なんていう言葉は似合わないけれど、現実です。

自由の森では、放射線教育について何か始まっているのかしら。
始まっているという風の便りを待っていますが、なかなか届きません。
どなたかご存じでしたら、コメントくださいませ。


やまだみきほ

原子力資料情報室 澤井正子氏の話

6月25日自由の森学園、自由の森学園大音ホール
原子力資料情報室 澤井正子氏をお迎えして学習会を行いました。
以下、話を伺いながら書き留めたコンテンツと動画のリンクです。
動画は細切れで申し訳ありません。

動画はこちら
































澤井正子氏の話 概要


みなさんと一緒に学ぶ物としていきたい。
子どもは自由の森も考えていた。
大学に行っても、自由の森の友だちがいる。
比較的自由な発想をする学校のなかでこのような勉強会を開いていただいて感謝している。

原子力はわかりくい、それを平たく言いたい。
写真、これが福島第一原子力発電所。
並び方にも理由があります。
今は水素爆発をして、この姿はない。

大量に電力を作る発電システムは
お湯を沸かして蒸気でタービンを回す。
原子力の場合は、ヤカンの中を中性子が飛び交う。

発電システムの大きな矛盾。
ここで作った熱の3分の1しか電気に変えられない。
3分の2は温排水として海に捨ててしまう。

火力は、熱を持った蒸気を他のものに利用できるが、
すべてに放射能が入ってしまうので、他に利用が出来ない。

格納容器には70気圧をかけている。
核燃料棒のダミーを原子力発電所に行くと見せてくれる。
ウランのペレットに書かれている言葉、
「あなたの家庭の電気約11ヶ月分」
たったこれだけで、こんなにまかなえる夢のエネルギーといううたい文句。

コントロールが出来ない。
限りなく丈夫にしなければ放射能が閉じ込められない。
限りなく薄くしなければ、熱は取り出せない。
非常に矛盾している。
管と言っているが、実は膜。
亀裂ピンホールは当たり前。
自分が発電しているときには、動かせるが、
自分が電気を作らなくなってしまうと、外部電源がなければ動かせない。
ジルコニウムが水と反応して水素を発生してしまう。

温排水。
7度上がる。
生態系には大きな問題がある。
東京湾には原発は無いが、火力はある。
どれも自然への付加を与えなければ、大量の電気は作れない。

ウランの核分裂。
火も煙も出ない。
中性子のコントロールをするのが原発。
それを失敗したのは
チェルノブイリ、核分裂の暴走。
スリーマイルで冷却剤の消失。
日本の現在の原発は54基。
狭い国土にある。
冷却には海水を使うので、すべて海岸。
過密が問題。
地震で全部やられてしまうと一カ所に集中立地しているのが問題。
カリフォルニア州と同じ面積の日本に54基の原発がある。
東京電力の発電所が、東北電力から電力をもらって動いている。

原発の立地。
ひとつの自治体で作ると反対されるが、
二つの場所に作ることで懐柔策をとれる。
発電所の建ち方の理由は、交付金の問題。
地元にどうやってお金を落としていくか、ということを考えて順番を決めている。
地元にあるメリットは交付金のみ。
あるのは事故の危険性のみ。
電気も無い。
今回でている放射能は、東京地方の人たちのための電気の放射能。

地震
破壊された断層面の距離、500キロ。
大きな余震が続いた。

女川。
制御棒を入れたが、冷却には苦労した。
クビの皮一枚で成功した。
タービンは壊れていた。

福島
冷却に失敗。
4号機は運転していなかったのに水素爆発。
1000度を超えると管が溶ける。
2000度超えると自分が出す熱で自分が溶けてしまう。
核燃料は、今どこにあるかわからない。
補償、収束にむけた工程表などが出ているが、
終わっていない。
スリーマイルは、溶けたが、圧力容器の外には出なかった。
それがわかったのは10年後。本当のことはわからない。
被害は何十年も先まで続いていく。
チェルノブイリが25年経っていても被害がまだまだ出ている。
ヒロシマナガサキ、がんの発症率が下がってやっと収束がわかった。
それは45年目だった。
4号機は、プールの水も冷却系を持っているが動かなかった。
運転していなかった4号機。
定期点検をするときには、普通は全部出さないが、交換のために出してあった。
その熱で爆発をした。

原子力災害の大きな問題。
遺体の捜索も出来ない。
復旧作業も出来ない。
原発震災。
助けにも行けない。
こういう社会を私たちは作り出してしまった。

ベント、冷却ができないために格納容器は圧力容器のなかで何かあったときに
放射能を絶対に出さないようにするために作ってある容器。
建家は気密性がない。
ベントは格納容器を守るために作ってある。
政府は後手後手に回っていた。
情報が全部隠されていた。

放射能の話。
セシウムについて。
強制退避になっている地域のひとたちはその外側に逃げた。
フランス原子力安全局のシュミレーション。
関東、東京は汚染。
圧倒的に海側に排出されている。
愛知県の近くまで、静岡県まで。
日本の政府の情報には無い。

放射能の基礎。

自然放射線量
地球上にいたら、自然放射線というのをみんな浴びる。
地球はもっと線量の高い時期があった。
最近は下がってきた。
1年、1人2.4ミリシーベルト
日本平均、1.4ミリシーベルト
放射性物質ウラン、プルトニウム、ヨウ素、セシウム
ラジウム、ポロニウム

物質としての毒性を持っている。
水銀や鉛に近い。
放射性の毒性と科学毒性
ベクレル 放射能の強さを表す単位。
シーベルト 人が受けた放射線影響の度合いを表す単位

プルトニウム 飛ばない代わりにそこですべてのエネルギーを出す。
放射線を出しながら、安定した物質になろうとする。
半減期が短いものはどんどん放射線を出している。
半分にはなっていくが、違う放射能になっていくだけ。
ヨウ素は気化しやすい。
ウラン45億年。

人間の歴史を超えるような時間をもって宇宙のなかに存在するようなものを人間は作ってしまった。
核分裂生成物は死の灰。

ヨーロッパの人たちは反応が早かった。
なぜなら、汚染された食料を食べさせられたという経験があるから。

今までの原子力政策では、「事故は起こらない」という前提。
10キロ圏内しか避難訓練をしていなかった。
自治体もどうしていいのかわからなかった。
まったく事故対応がなかったのが福島。

イメージ
1ミリSv=一回の放射線ダメージ

1ミリSvという自然の放射線量に対応できるような体にはなっているが、
5ミリなら5回。人間の遺伝子の情報が間違ったまま伝えられていく。
修復が追いつかない。
「ただちに影響がない」少し時間がたったら影響がある、と考えるべき。
私の代では影響無い。
成長期の子どもには問題が大きい。

ヨウ素剤は、50歳以上のひとはもらえない。
そのくらい、子どもは守りましょう。ということ。

福島の状況。
20mSvは20年分の汚染。
自然放射線量以外の放射能はだめ。
水、土、空気など、命のもとが汚染されてしまっている。
20mは外部線量だけの基準。
国が被曝を強要している状態。

低線量なら大丈夫とは考えない。
世界の常識。
どんな低線量でも人間への影響がある。
1年間食べなければ大丈夫ということはない。
日本
自然放射線量1m+原発での恩恵を受けている1m=2mSv
法律上そうなっている。
原発労働者、浜岡10年で51ミリシーベルト=白血病で死亡。
10年間で平均5m。
浴びさせていいという量はない。

食品の暫定規制値
3月11日を超えて、日本の社会は変わった。
放射能とどうつき合っていくか。
新潟、米の作付け制限をしている。

チェルノブイリの事故後、輸入基準370ベクレル(生活クラブ37ベクレル)
現在の日本の暫定基準値 500ベクレル
わからないから不安になる。
ドイツでは線量を表示して売った。
どういうふうにつき合っていくのか、消費者が考えていくしかない。

原子力村とそれを支えてきたわたしたち国民の側にも考えていかなければいけない。
なぜ原子力大国になっていったか。
国是。
日立東芝三菱重工と、労働組合
ウラン燃料を買うのは商社。
原子力委員会
原子力安全委員会
司法(安全のお墨付き)

質問
原発労働者の被曝限度、50mは20mだったような気がするが?

年間最大50mSv
5年平均20mSvをめざす 紳士協定
1年間は最大50mSv
5年間では100mSv以内
労災認定はされるが、違法性はない。
法律違反をしていないということで謝罪もしていない。
被曝労働がなければ原発は動かせない。
定期点検には2000人必要。
こういう人たちがいないと動かないのが原発。
下請け、孫請けのひとたち。
東電の写真は特別に労使協定を結んでいる。

除染とは?

ひたすら洗い流す。
雑巾で拭い取る。
それしかない。

3号炉について?
爆発は水素爆発か、核爆発か。

1号機と違っていた。
はっきり言ってわからない。
あの爆発によって、すごい中性子が出たのかというと確認されていない。
あの光はなんだったのか、と言う事は確認が必要。
核燃料の破片のようなものが遠くまで飛んでいるという情報もある。
プールにはモックス燃料はない。
ウランにプルトニウム燃料を混ぜ込んだ燃料。
ウラン燃料の為に設計されている炉に、結果的ではなく最初からプルトニウムを入れている。
ウランよりも早く溶け始めてしまうのがプルトニウム。
制御棒の効き目が悪くなる。
核燃料の並べ方によって、臨界が起こってしまう。
燃料を並べているだけで核爆発が起きてしまう。
それが原子炉。

水の放射線量についての測定値が信頼できるか?

ただ測ればいいというものではない。
測る機械によってちがう。
グレーゾーンが全然違う。
検出限界を標記しているか否かを確認。
数値をどこで我慢するかという問題。
浄水器のカートリッジはすべて放射性廃棄物になるという話。

母乳の問題はある。
よく質問がある。
今までなら、玄米、野菜も皮付きだったが、
これからは根菜も皮をむき、米も精米をして、それなりに考える。

チェルノブイリでは、外から安全なものを送って食べさせる運動があった。
子どもの給食には、西のほうから安全なものをおくるなど。

チェルノブイリでは、ホットスポットがわかるまでに10年かかっている。
汚染の全体の状況がわかるまで時間がかかる。
汚染の実態を把握するのがすごく大切。


現在関東地方にどう放射性物質が来ているのか。
それは福島原発のどこから出ているのか。
格納容器から。

放射線量3月11日以前のレベルよりは若干高い。
食べるものの危険と恐怖を感じ続けるダメージ。
正しく怖がる、避けるものは避ける。

何しろ事故を小さく見せよう、何もなかったかのようにしたいと言う政府。
報道がしょうがないというのではなく、気がついたものたちがつながって政府に物を言っていくこと。

学習会本日です 原子力資料情報室澤井氏をお迎えして

172.JPG

☆自由の森学園の保護者でなくとも大歓迎です。
山のなかののどかな学校、遊びにいらっしゃいませんか。
IDカードも警備員さんもいない学校です^^v

高3の保護者の方が呼びかけて下さった学習会、いよいよ本日です。
私もお手伝いに行きます。
画像、記録も取ります。
許可が出ればアップします。



  「放射能について考えよう - 原発大事故をめぐって」
     講師 ※原子力情報資料室 澤井正子氏

   とき  6月25日 (土曜日)午後1時半〜4時半

   ところ 自由の森学園 大音ホール
   
   参加費1000円(生徒無料)は講師の方の交通費にさせていただきます。


※原子力資料情報室

1975年9月 物理学者、核科学者である高木任三郎(東京大学 理学博士)が設立。1999年、特定非営利活動法人となる。原子力業界の利害から独立した立場から、調査、研究、提言などを行っている。また、公開研究会、国際会議、シンポジウムなどの開催でも広く知られる。



この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。